STAFF


1950年4月29日、オーストラリア、ニューサウスウェールズ州グリフィス生まれ。オーストラリアの映画テレビ学校在学中に、ドキュメンタリーや短編を発表し始め、1977年の「Backroads」で映画監督デビュー。TVシリーズの複数のエピソードを演出した後、1984年にオーストラリアの大作TV映画「大脱走!カウラ日本兵捕虜収容所」を共同監督し、注目される。続く『ラスト・ジゴロ』(87年)と『デッド・カーム/戦慄の航海』(88年)も高く評価され、ハリウッドに進出することに。1992年、“ジャック・ライアン”シリーズの第2作目『パトリオット・ゲーム』を監督し、一躍ヒットメイカーの仲間入りを果たした。以降、大作&話題作を手掛けつつ、母国を舞台にした人間ドラマやTVシリーズにも積極的に関わっている。他の主な監督作は『ブラインド・フューリー』(89年)、『硝子の塔』(93年)、『今そこにある危機』(94年)、『セイント』(97年)、『ボーン・コレクター』(99年)、『愛の落日』(02年)、『裸足の1500マイル』(02年)、『輝く夜明けに向かって』(06年)、『ソルト』(10年)など。


1937年3月20日、アメリカ、ハワイ州生まれ。アメリカ陸軍の歯科医であった父の赴任地を転々とする生活を送り、1948年~1950年の少女時代を東京・代々木の“ワシントン・ハイツ”で暮らす。高校時代にNYに戻り、名門ブラウン大学に入学したが、在学中の19歳で結婚し、大学を中退。海軍士官の夫について再び転居を繰り返す中で、4児の母となる。夫の退官に伴い、メイン州に落ち着いた後は、州立南メイン大学に再入学し、同大学院を卒業する。この頃から本格的に執筆を開始。夭折した姉の思い出から材を採とった処女小説「モリーのアルバム」を1977年に発表し、高い評価を得る。同年に離婚。これまでに40冊ほどの小説を執筆しており、1992年の「ふたりの星」と1993年の「ギヴァー 記憶を注ぐ者」で2度、世界的に名高い児童文学賞“ニューベリー賞”を受賞した。現在は、マサチューセッツ州ケンブリッジに居住し、別宅のあるメイン州とを行き来している。なお、本作の原作「ギヴァー 記憶を注ぐ者」は、壮大な“ギヴァー4部作”の1作目にあたり、2作目の「ギャザリング・ブルー 青を蒐める者」と3作目の「メッセンジャー 緑の森の使者」も刊行されている。